2018年1月11日木曜日

購入者 3 - 4

 人間の遺伝子に値段をつけると言う考え方を、遺伝子学者ケンウッドは気に入らなかった。きっと親友のヘンリー・パーシバルもヤマザキ・ケンタロウも同意見だ。しかし地球人類復活委員会がお金に変えられる物と言えば、それも高額な商品となる物と言えば、ストックしている地球人の遺伝子しかないのだ。
 ハナオカ委員長は、送電ケーブルの代金なので2人分の遺伝子で十分だと言った。通信を終えたケンウッドは溜め息をついた。現在16人分の精液を冷凍保存しているが、どれも使い道が既に決まっている。ケーブルの代金に回せる物はない。そんなことをすれば研究の進行に支障が出る。ケンウッドは学者だから、研究を優先した。
 代金にする遺伝子は、やはり「お勤め」で新しく採取しなければならない。
 2人の秘書は既に仕事を終えて上がっていたので、彼は執務室の戸締りを自身でして、中央研究所を出た。夕食を取る為に歩き出した。中央研究所には立派な食堂があるが、彼は一般食堂の方が好きだ。ドーマー達の喧騒を聞きながら食べるのが彼の好みだった。
今夜はちょっと遅い時刻になっていたが、まだ利用者は大勢いるはずだ。アジア系のドーマーを探してみようと考えながら歩いていると、後ろから声をかけてきた者がいた。

「こんばんは! 今夜はお一人ですかぁ?」

 陽気な声に振り返ると、クロエル・ドーマーがニコニコしながら立っていた。真っ赤なフェルトの帽子を被り、赤やオレンジや青の縞模様のウールのコートを着て、白いマフラーを首に巻いていた。ド派手だが、似合っていた。クロエルは南米人の子供だ。母親は由緒正しい生粋の先住民だ。しかし父親が不明だった。アフリカ系の血が入っていることは確かだ。クロエル自身の身体的特徴が、彼のルーツの一つがアフリカであることを如実に表していた。南米人にしては肌の色が黒く、長身で肩幅も広い、がっしりとした体型だが、筋肉は均衡を保ち、骨は意外にしなやかだ。髪の毛はチリチリと細かく縮れているのを長く伸ばしている。

 この子の父親が誰なのか判明していたら、きっとハナオカはこの子を指名してきただろう。

 しかし実際は具体的な指名はなく、ハナオカはアジア系を重視していた。アメリカ・ドームのドーマーの中で南米人は少なくないが、全員が人種的にミックスだ。生粋の南米先住民は宇宙に出なかったのか、コロニーから提供された卵子に南米人の物はなかった。
 クロエル・ドーマーは他人の感情の変化などに敏感だが、気づかない振りも巧い。ケンウッド長官が彼の顔を見て何か悩ましげな目つきをしたことに気が付いたが、すっとぼけた。

「長官、これからご飯ですかぁ? ご一緒してもよろしいですかぁ?」

 いつもなら「ご飯すか?」「よろしいっすか?」と言う訛りで話しかけるのだが、何故か正しい発音で喋ろうとしていた。
 ケンウッドは我に返った。ドーマーに悩んでいるところを見せたくなかった。彼は笑顔を作った。

「ああ、構わないよ。一緒に食べよう。」

 大きな体に似合わず可愛らしい顔をした南米人のドーマーが喜んで彼に並んだ。

「今日は休みなのかね、クロエル?」
「カナダが悪天候で、飛行機が飛ばなかったんす・・・飛ばなかったんです。」
「いつもの喋り方でいいよ、クロエル。」
「いや、練習ですから・・・」
「誰かに注意されたのかね?」
「内勤の先生に・・・」

 クロエル・ドーマーは、チーフ・チェイスに指示されて報告書の正しい書き方を教わりに内勤オフィスへ行ったのだと説明した。そこで外回りの仕事を引退した大先輩達にスペイン語の訛りを指摘された。

「こっちへ来て15年以上経っているのに、まだ訛っているのはけしからんことだそうです。」

 ケンウッドは思わず笑った。クロエルは今この瞬間、綺麗な英語を喋っている。ちゃんと習得しているのだ。でも訛っている英語を話せば周囲が彼を認識しやすい。だから彼は流暢に英語を話せるにも関わらず、訛っている英語を日常話す。それが彼らしいのだから。

「苦労だね、クロエル。君の仲間は君がどんな言葉を話そうが気にしないだろう?」
「そうです・・・長官にそう仰って頂けると、気が楽になります。」