2018年1月20日土曜日

脱落者 1 - 3

 ケンウッドがそろそろホテルに戻って地球に帰る支度をしようと思い始めた頃だった。サロンに居るハナオカ委員長の端末に連絡が入った。ハナオカが電話を掛けてきた相手と数分話し込むのを、聞くともなしに聞いて居ると物騒な単語が聞こえてきた。
 暗殺、爆破、封鎖 ・・・
 ケンウッドはハナオカを見た。ハナオカが通話を終え、ケンウッドを振り返った。目で問いかけるケンウッドに、委員長が説明した。

「アフリカ・ドームでテロが発生した。」

 ケンウッドはその言葉を理解するのに2秒要した。彼の予想に全くなかった言葉だったからだ。

「アフリカ・ドームでテロ・・・と仰いましたか?」
「うん。」

 ハナオカは厳しい表情で端末をポケットに仕舞った。

「緊急会議を開く。」
「ちょっと待って下さい。一体何が・・・?」

 ケンウッドには何がどうなっているのか解らない。ドームでテロが起きるなど信じられない。警備は宇宙一厳重なはずだ。地球人誕生の場所を守るために、宇宙防衛軍が地球に降りる全ての航宙船をチェックする。ドームにはセキュリティゲイトがあり、地球人であろうとコロニー人であろうと裸にされて消毒され、荷物も全部解体されて消毒・検査される。麻薬も武器も持ち込めない。細菌すら持ち込むのは難しい・・・
 ハナオカはケンウッドに真っ直ぐ向き直った。

「まだ詳細が不明なので、私の口から言えることは僅かだ。しかし君も不安だろうから、語れる範囲で説明しよう。
 アフリカ・ドームの中央研究所の研究室の一つで爆破事件があった。何かの実験を行なっている時に爆発が起きたそうだ。実験に立ち会っていたアフリカ・ドーム長官ルパート・シュバルツバッハ博士と3名の遺伝子学者が飛び散った薬品を浴びて火傷で死亡したと言う。」
「それは・・・事故ではなく?」
「たった今、広域テロ組織『青い手』が犯行声明を出した。」

 広域テロ組織「青い手」は、地球人が繁殖能力を失ったのであるなら、自然の成り行きに任せて絶滅させれば良いと考える人々の団体だ。彼等は地球人がいなくなれば地球の天然資源を自由に採掘採取出来ると主張している。地球人類復活委員会を設立した多くの大企業に妨害工作をしている組織だ。だが、彼等は今まで地球自体には手出し出来ないでいた。警備が厳重過ぎたからだ。それが一体どうやってアフリカ・ドームを爆破したのか?

「研究室で起きた爆破を、連中が自分たちの犯行だと言っているだけなのでは?」
「そうであれば良いが、まだ爆破事故は一般に報道されていない。事故報告と犯行声明が同時に地球人類復活委員会と各メディアにほんの数10分前に届いたのだ。」

 ケンウッドはサロンの出口に向かおうとした。ハナオカが声を掛けた。

「何処へ行く? 建物の外は厳戒態勢だ。委員会のメンバーが狙われてはいけないと言うことで、月の治安警察がこの建物内の人々に外へ出るなと指示してきた。」
「しかし・・・私はアメリカ・ドームに帰って警備を指示しなければ・・・」
「シャトルは出ないぞ。宇宙港は全て封鎖だ。爆破事件の詳細が判明するまでは犯人の行動を抑えねばならない。」

 ケンウッドは窓の外に浮かぶ宇宙の青い宝石、地球を見つめた。

「せめて連絡だけでも・・・」
「通信室に案内しよう。しかし、軍に傍聴されるぞ。」
「構いませんよ、警備の指示をするだけですから。」
「それは危険だ、テロリストに聞かれる恐れがある。」

 ケンウッドは少し考え、やがて何かを思いついた。

「映像通信でしょう? 構いませんよ。」