2018年1月27日土曜日

脱落者 4 - 1

 3名の事故犠牲者の遺体が宇宙へ送られ、ケンウッドは事故当時の監視カメラの映像を見る為に小会議室へと急いだ。ヤマザキの他、副長官秘書、薬剤室スタッフ一同、生化学研究者達、保安課員、そして遺伝子管理局内務捜査班の副官ビル・フォーリー・ドーマーも議場に集まった。小会議室は執政官幹部のみの会議を開く場所で、滅多にドーマーを入れないのだが、フォーリー・ドーマーは勝手知ったかの如く一番映像を見易い場所に陣取った。
 ケンウッドはビル・フォーリーの右隣に席を取った。ドーマーを挟んでヤマザキが反対側に座り、ケンウッドの右にドナヒュー軍曹、後ろの円形の列に残りの人々が座ったが、席は途中で自由に移動出来る。他人の邪魔さえしなければ立ち見でも良いのだ。
 アーノルド・ベックマンが議長席に着いた。普段はケンウッドかブラコフが居る席だ。保安課長は予定した人々がほぼ全員集まったので、映像公開開始を宣言した。
 実験室の監視カメラは通常1部屋4台設置されている。入り口の上とその対面の天井付近、左右の壁だ。そして実験そのものを撮影するコンピュータカメラが机上に2台。ベックマンはそれらの映像記録を編集して立体画像に出した。
 部屋の輪郭が現れた。壁は立体映像では消されているが、誰かが何かを見たいと言えば、ベックマンがピンポイントで宙に新たな映像を出してくれる。
 実験室ではハン・ジュアン博士が2人の研究員と共に研究試薬の最終チェックを行なっていた。試薬は8割がた出来ており、残りの薬剤と触媒を実験開始直前に混ぜると言うものだった。そこへセシリア・ドーマーが薬瓶を2本持って現れた。注文していた最後の触媒2種らしいことが彼等の会話でわかった。彼女が薬瓶をリック・カールソン研究員に手渡した。カールソンが薬瓶のラベルを見て確認した。そして彼女とちょっと軽い冗談を言い合った。ハン博士ともう1人のチャーリー・ドゥーカス研究員も時々言葉を掛けて、彼等はすっかりリラックスした様子だった。手にした薬剤が危険なものであると言う心配は全くない様子だ。
 議場の薬剤師の1人が薬剤管理室室長に囁いた。

「あの触媒は事前に提出されていた注文書に記載されていたものに違いありません。」

 室長もリストを端末の画面に出して、映像と比較していた。
 ケンウッドは隣のフォーリーが小まめに手を動かしているのが気になった。そっと見ると膝の上に置いたパッドに記号を入力しては送信するのを繰り返していた。何の記号だろうと思ったが、すぐに内務捜査班のみに通じる「文字」なのだと気が付いた。普通のアルファベットを入力するより早く文章が作られるし、他の部署やコロニー人に見られても意味不明の記号の羅列にしか見えない。だから内務捜査班が潜入捜査していても、コロニー人は気がつかないのだ。だが彼等の間ではちゃんと通じている。恐らくと言うより、必然的に元内務捜査班だったハイネ局長も読めるし書けるはずだ。
 フォーリーは映像の内容を本部に記録しているのだ。録音はしないのだ。観客の会話が入ってしまうからだろう。後でコピーを貰えば良いのにとも思ったが、その場その場で気が付いたことを書いているのだろう。
 やがてセシリア・ドーマーがハン博士の許可をもらって電話を掛けた。相手は同僚のマーガレット・エヴァンズだった。実験の準備が整ったと彼女はエヴァンズに告げた。