2018年1月31日水曜日

脱落者 5 - 5

 ケンウッドの部屋は独身者用の狭いアパートだった。ローガン・ハイネの特別仕様の豪華な部屋でもなければ、歴代の長官が住んで居た広い部屋でもなく、普通の執政官のアパートだ。グレゴリー・ペルラ・ドーマーは10年前迄同性の恋人と同居していたので妻帯者用のアパートに住んだ経験があったし、エイブラハム・ワッツ・ドーマーも維持班総代表になっていた時代は、会合を開く必要性から独身でも妻帯者用アパートに入居出来た。
だからケンウッドが質素な住まいに満足しているのを見て、驚いた。

「長官はずっとこの部屋に?」
「うん。地球に降りて来てから、この部屋だけだ。」

 ケンウッドは広い部屋を必要としなかった。食事は食堂で食べるし、読書は図書館で、テレビも図書館で見られる。運動はジムやその他の運動施設でするし、入浴だってジムにシャワーもジャグジーもある。サウナだってあるのだから、アパートは寝るだけだ。
あまりにもこじんまりとした室内に、ワッツもペルラも「『黄昏の家』みたいだ」と思ったが、口に出さなかった。
 ドーマー達が3人掛けのソファに座ったので、ケンウッドは小さなキッチンの冷蔵庫から林檎ジュースの容器を出して、グラスに注いだ。キッチンも水やジュースを冷やす冷蔵庫置き場以外使い道がない。ケンウッドは基本的に料理をしない。例えしたいと思っても手に入る食材は限られていたし、道具もない。
 ソファの対面の椅子に座って、ドーマー達に保安課の監視カメラの映像の話を語って聞かせた。可能な限り主観を入れずに、見たままを話した。
 話し終えると、ワッツ・ドーマーは目を怒らせて尋ねた。

「ローガン・ハイネは女に刺されたのですね?」
「女性ドーマーに・・・」
「ドーマーだろうがコロニー人だろうが、女は女です。遺伝子管理局長が女に刺されたなど、世間に公表出来ませんよ。」
「男を刺す女は古今東西存在するよ、エイブ。」

 ペルラ・ドーマーは固い表情ながらワッツを宥めた。そして彼はケンウッドに視線を戻した。

「その薬剤師は何故局長を刺さねばならなかったのです?」
「それは当人が目覚めてから尋問するが、映像を見た限りでは、私には彼女が最初からハイネを狙った様に見えなかった。ハイネがブラコフ副長官の手当に夢中で、彼女の友人を見ようともしなかったので、彼女は腹を立てた。そこ迄はわかる。彼女の言動を見ると、彼女の友人は禁断の恋の相手に思える。」
「コロニー人に恋をしていたと?」
「恋するだけなら違反じゃない。」

とワッツ。

「だが、その男は既に亡くなっていたのでしょう?」
「ハイネは一眼でそう判断した様子だった。我々も映像で彼等研究者3名が即死状態だったと判断した。しかし、彼女はそう思いたくなかったのだろう。」
「それでハイネを刺した?」
「映像はベックマンが可視状態に処理したので、我々にはちゃんと見えたが、恐らく現場は気化した薬品のガスで見通しが悪かった筈だ。それにハイネもセシリアもマスクを外した。ハイネはブラコフの手当に自分のマスクを使った。セシリアは無意識に取ったらしい。何れにしても彼等は吸い込んだ薬品のせいで意識が朦朧としかけていたし、目もガスで痛めて正常に見えたかどうか怪しい。
 セシリアはハイネがブラコフにかかりっきりだったので、ブラコフが亡くなればカールソンを診てくれると思ったのかも知れない。」
「では、ブラコフを刺すつもりでガラスを掴んで突進したら、ハイネが副長官を庇って間に入ってしまった?」
「正常な状態だったら、局長は交わせた筈ですね?」
「うん、彼の体はもう動きが鈍くなっていたのだ。体を後ろへ反らせたので、心臓は守れたのだ。」

 ワッツとペルラが顔を見合わせた。ワッツが言った。

「理由はどうあれ、遺伝子管理局長を傷つけたドーマーは、ドームに置いておけないな。」