2018年1月27日土曜日

脱落者 4 - 2

 ドナヒュー軍曹が片手を挙げてベックマン保安課長の注意を引いた。ベックマンが映像を一時停止させた。

「何でしょうか、軍曹?」
「実験室の3名の研究者は、女性薬剤師が持ってきた薬剤の中身を確認せずに、ラベルだけ見て使ったと言うことですね?」

 すると薬剤室長が答えた。

「触媒2種は製薬会社から送られてきた物を未開封のままハン博士の部屋へ運んだのです。」
「製薬会社?」
「木星第1コロニーのキルシュナー製薬です。」
「ああ・・・あの大手の・・・すると今回の実験で使用された薬剤は、このドーム内で調合されたのではないのですね?」
「薬剤は37種の混合薬剤です。中には混ぜてから反応を起こす迄時間がかかる組み合わせもあります。ハン博士はご自分で試薬を作られた時にその待ち時間に懲りて、量産の可能性を探る目的でキルシュナー製薬に合成を発注したのです。もし実験に成功していたら、キルシュナー製薬が製造と販売権を得ることが出来たでしょう。」
「ハン博士がご自分で開発した薬剤製造をキルシュナー製薬に任せるつもりだったと?」
「成功していれば、の話です。」

 ドナヒュー軍曹はちょっと考え込み、「有難う」と言ってこの質問を打ち切った。
 ベックマンが映像再生を再開した。10数分ばかりの長さを早送りして、やがてマーガレット・エヴァンズとローガン・ハイネ遺伝子管理局長が入室した。コロニー人の研究者達が局長の立会いにテンションを上げるのがわかった。地球人復活の研究を、地球人の代表が直々に見学してくれるのだ。失敗は許されないぞ、と言う心意気が感じられ、ケンウッドは切なさを覚えた。3名の若い研究者達はもう研究を続けられないのだ。
 3分遅れてガブリエル・ブラコフが入室した。いつもの様に溌剌とした動きでハン博士や助手達と握手を交わし、笑顔で実験の成果を期待する旨を語った。すっかり副長官と言う立場が板についている。彼の様に30代前半でドーム幹部になるのは異例の出世だ。ケンウッドの身びいきと陰口を叩く者もいたが、ブラコフは一向に気にしなかった。行動と結果が良ければ認めてもらえる、と楽観的に受け止めたのだ。あのまま無事に全てが進行すれば、博士としてもドーム行政の長としても活躍して行けたのに・・・。
 ベックマンが映像を止めた。

「これから爆発事故の映像になります。かなりショッキングな内容です。もし気分が悪くなったら私の右隣のドアから外へ出て下さい。正面にお手洗いがあります。」