2018年1月28日日曜日

脱落者 5 - 2

 夕食は軽く済ませた。時刻は遅くなっており、ケンウッドはクタクタだったが、それでもヤマザキの回診に付き合う気力はまだあった。今回はスタッフ用制服を着せてもらい、消毒ミストのシャワーを浴びて集中治療室の中に入れてもらえた。
 ブラコフはまだ意識が戻らず、ヤマザキが耳元で呼びかけても反応しなかった。耳の中は無事だと言う診断結果だから、意識があれば聞こえる筈だと医師は言った。

「眠っていてくれた方が、僕は気が楽だ。その間に彼の筋組織を細胞再生で直して、皮膚まで綺麗にしてやりたい。」
「それは最短でも半年はかかる。」
「それまでに脳波翻訳機を装着出来る部分だけでも直してやれるさ。」

 ヤマザキはまだ聞こえていないブラコフの耳に囁いた。

「絶対に直してやるからな。」

 ケンウッドはブラコフの代わりに黙って頷いた。
 壁のバイタルチェック表示は、ブラコフの心臓が正常に動いていることを表していた。脈拍も弱々しいが規則正しい。体温はちょっと低い。脳波は眠っている状態を示していた。
 ケンウッドは愛弟子の手を握った。

「負けるな、ガブリエル。」

 ただの条件反射だろうか、ブラコフの手が僅かだが握り返してきたので、彼はちょっぴり嬉しかった。
 次にローガン・ハイネ・ドーマーの部屋に行くと、呆れたことに患者はタブレットを手にして看護師と筆談中だった。ヤマザキが「ヤァ」と声を掛けると、看護師が振り返り、ホッとした表情で「お帰りなさい」と言った。

「患者が無理難題を言ってきたのかい?」
「ええ・・・明日の食堂の献立を教えろとしつこくて・・・」
「チーズが使われていないかチェックするつもりだな?」

 看護師を帰して、ヤマザキは壁のパネルを見てバイタルチェックを確認した。その間にケンウッドはハイネの枕元に近づいた。「ヤァ」と彼は挨拶した。そしてハイネがタブレットに何か書き込む前に言った。

「実験室の監視映像を見た。ガブリエルを救おうと努力してくれたのだね。有難う。それに女性2人も助けてくれた。感謝する。」

 マーガレット・エヴァンズが倒れた衝撃で後頭部を強打してしまったことは言わないでおくつもりだった。彼女の手術は成功し、後遺症さえ出なければ半月で退院出来る筈だ。
 ハイネは複雑な表情をした。あの修羅場での短い時間に恐ろしい体験をしたのだ。コロニー人から大切に育てられ、外の世界の「汚れ」から遠ざけられて生きてきた男が、90歳になってから生命の危機に晒された。しかも娘の様に大事に思ってきた身内の女性ドーマーに刺されたのだ。
 ハイネの指が素早く文章を打ち込んだ。

ーー触媒が違っていた。

 ケンウッドは頷いた。

「うん。監視映像で見た。今、地球周回軌道防衛軍の憲兵が来て、保安課と内務捜査班と共に薬剤管理室を捜査している。何かわかれば報告するから、君は治療に専念してくれないか。」

 ハイネがまた文章を作った。

ーーケンタロウが仕事をさせてくれない。

「局長業務はグレゴリーとジェレミーが代行してくれている。だから安心して寝ていなさい。」
「誰だ、患者にこんな物を与えたのは?」

 ヤマザキがカルテを更新させ終えて、ハイネの手からタブレットを取り上げた。

「大人しく休んでいなさい、局長。さもないと、明後日のキャベツと山芋のふわトロチーズ焼きに間に合わなくなるぞ。」