2018年1月28日日曜日

脱落者 5 - 1

 ケンウッドとヤマザキは長官執務室に入った。2人の秘書は物問いた気に彼等を見たが、まだ何も教えてやれなかった。もっともロッシーニはフォーリーから報告を受ける筈だ。ケンウッドは秘書達に帰って良いよと伝えた。ヴァンサン・ヴェルティエンは素直に帰ったが、ロッシーニはまだ片付けをする振りをして残った。それでケンウッドは仕方なく彼に少しだけ情報を与えた。

「ハイネの怪我は暗殺未遂ではなく、爆発で友人を失ったセシリア・ドーマーが錯乱して彼を刺したとわかった。」
「局長を故意に狙ったのではないのですね?」
「うん。彼女が意識を取り戻して事情聴取を受けられる迄、待たねばならないがね。」
「彼女はどうなります?」
「傷を見て、一般病棟に移せる状態なら、暫く観察棟に隔離する。」

 ドームに牢獄はない。ドーマーが罪を犯せば観察棟に幽閉するのみだ。ロッシーニは頷いた。そしてようやく「お先に失礼します」と部屋から出て行った。
 やれやれ、とヤマザキが来客用の席に腰を下ろした。既に夕食時間だが、まだ2人共食欲が湧かなかった。ケンウッドは先刻見たことを記録しようと思ったが、手が動かなかった。くたびれて、頭がよく働かない。彼がぼんやりコンピュータの画面を見ているだけなので、ヤマザキが話しかけた。

「長官が記録を録る必要があるのかい?」
「起きたことは記録しておかないと・・・」
「それならベックマンや薬剤管理室から来る報告書を保存しておけば良いさ。医療区からも報告書を送る。」

 それでもぼーっとしている友人に、医者が言った。

「偶には手抜きしろよ、ケンさん。君が倒れたらハイネが哀しむ。」
「どうしてハイネが?」

 ヤマザキは黙っているつもりだった事実を告げた。

「手術中、ハイネは譫言を呟いていたそうだ。」
「何て?」
「ガブリエルを守れなかったと君に謝っていたらしいよ。」

 ズキンとケンウッドの胸が痛んだ。ローガン・ハイネは長官が副長官を可愛がっていることを知ってる。だからあの悲惨な爆発の直後、必死で副長官を救おうとした。爆発の瞬間に女性を庇ってしまい、ブラコフを助けられなかったことを後悔していると言うのか?

「ハイネの行動は正しかった。もしガブリエルを庇ったりしたら、男2人共に重傷を負っていたし、女性達も無残な姿になっていた筈だ。あの立ち位置では、ガブリエルを救うことは間に合わなかった。ハイネが謝る必要はない。」
「それは彼にケンさんから直接言っておやり。晩飯の後で診察に行くから。」