2018年1月21日日曜日

脱落者 2 - 3

 どんなに多忙でも、ヤマザキ・ケンタロウは必ず一定の長さの睡眠を取る。もし彼が寝不足が原因のミスを犯したら患者の生命に関わるからだ。控え室の仮眠用ベッドに横になると、すぐにストンと眠りに落ち、3時間後に目覚めた。起きたらまだドームの外は真っ暗なはずだ。彼は控え室の横に設置された簡易バスルームでシャワーを浴び、着替えて顔を洗い、診療スペースに出た。スタッフを集め、短いミーティングを行って、昨日から働きづめのスタッフはアパートに帰宅させ、交代要員の点呼を取った。患者の容体報告を聞き、それからスタッフに一般診察を頼むと、集中治療室に入った。
 先ずはガブリエル・ブラコフを診た。顔面に火傷治療のジェルが塗られているので、人間の顔ではないみたいだ。呼吸と栄養補給の管がジェルの塊の中に差込まれている。カルテをチェックして、ガラスによる裂傷の数にうんざりした。火傷のジェルが消毒用包帯の役目を果たしているので、裂傷そのものの手当は当分お預けだ。生き延びれば、ブラコフには細胞再生治療を施さねばならない。眼球も鼻も唇も全部再生してやるのだ。元どおりの顔を取り戻すには長い時間がかかるはずだ。

 まだ若いのに、可哀相に・・・

 マスクを作ってやらねば、とヤマザキは思った。本物の皮膚そっくりのマスクを作る技術はある。本人が装着したいかしたくないかの問題だ。

 マスクを作ってやるから、必ず生き延びろよ、ガブリエル。

 次にハイネの部屋に行った。ブラコフもハイネも護衛付きだ。部屋に入る前にヤマザキは出産管理区に電話を掛けた。アイダ博士は休憩に入っていたので、副区長が出た。ヤマザキは2名の女性薬剤師を暫く預かって欲しいと要請した。理由は後で話すから、と言って電話を終えた。
 ハイネの部屋に入ると、驚いたことにローガン・ハイネ・ドーマーは目を開いて彼を見た。ヤマザキは思わず笑を浮かべてしまった。

「やあ、お目覚めかい? 君が生きていてくれて嬉しいよ。」

 ハイネが手を動かそうとした。呼吸マスクを取ろうと思ったのだろう。ヤマザキはその手を抑えた。

「肺に軽度の火傷を負っている。君は肺が弱いから僕が許可する迄マスクをしていてくれないか?」

 ハイネが素直に腕の力を抜いた。

「マスク装着で喋れないから、瞬きでイエスかノーか答えて欲しい。2回がイエス、3回がノーだ。わかったかい?」

 ハイネは2度瞬きした。ヤマザキは頷くと、思い切って尋ねた。

「爆発の瞬間を覚えているかい?」

 瞬き2回。

「爆弾が仕掛けられていたのか?」

 瞬き3回。

「薬品の調合ミスか?」

 瞬きをしなかった。ヤマザキは質問を変えた。

「薬品が爆発した?」

 瞬き2回。

「君は瞬間に爆発するとわかった?」

 瞬き2回。

「OK、そこのところは、話せる様になったら聞かせてもらおう。次は重要な質問だ。君は・・・」

 ヤマザキはゆっくりと言葉を出した。

「セシリア・ドーマーに刺されたのかい?」

 ハイネはしっかりと2回瞬きをした。