2018年1月28日日曜日

脱落者 4 - 4

 ベックマンが薬剤師の叫び声に驚いて一時停止ボタンを押した。ケンウッドもドナヒューも薬剤室長も、その他室内に居た人々全員が声を上げた薬剤師を振り向いた。薬剤師は青ざめていた。そして直属の上司である室長に言った。

「触媒を入れる順番が逆ですよ。A剤を入れて緩やかに主薬を中和させ、それからB剤を入れて酸化させなければなりません。それなのに、ハン博士はB剤を先に入れてしまった!」
「B剤で主薬が一気に酸化、気化してフラスコが爆発したのか?!」

 ベックマンが映像を数秒だけ前に戻した。触媒容器のラベルが見えるところだ。ハン博士がスポイトを入れた容器にはA剤のラベルが貼られていた。博士は何の疑いもなく容器の中の液体を吸い取ったのだ。
 ケンウッドは呟いた。

「薬剤容器の中身が反対になっていたのか?」
「あれはどの段階で容器に詰められたのです?」

とドナヒュー軍曹が薬剤室スタッフに向かって尋ねた。スタッフ一同が互いの顔を見合った。室長が代表で答えた。

「それはキルシュナー製薬から送られてきたままだったはずだ。我々が調合する必要はなかったから、容器を移したりしない。」
「蓋を開けて空気に触れたら直ぐに変化してしまいますから、実験本番の時にしか開けない薬剤です。」
「長官、すみませんがスタッフを薬剤管理室に行かせて下さい。残った薬を確認しなければなりません。」

 室長がケンウッドに許可を求めた。ケンウッドはベックマンを見た。ベックマンが頷いた。

「保安課員を付けます。よろしいですな?」
「うちのスタッフを疑っているのですかな?」
「そうではなくて・・・」

 軍曹が執政官同士の内輪揉めが始まりそうな気配を感じて咳払いしたので、ベックマンと室長は口を閉じた。ケンウッドが軍曹の代わりに室長を宥めた。

「通常の捜査手順だ。保安課員が嫌なら、内務捜査班にお願いするまでだ。」

 ビル・フォーリーがチラリと長官を見たが何もコメントしなかった。内務捜査班はコロニー人には有難くない存在だ。事件そのものの他にちょっとした執政官の粗探しまでされそうな気がして、室長は保安課員の監視を容認することに決めた。
 ベックマンが呼んだ保安課員が到着すると、薬剤管理室スタッフは、室長を小会議場に残して出て行った。
 この10分ばかりの中断の後、ベックマンは次の段階に映像を進めた。