2018年1月21日日曜日

脱落者 1 - 7

 地球上で起きた爆発事件は2件だった。そして「青い手」がその2件に関してマスコに犯行声明文を送信してきたので、宇宙連邦は騒然となった。人類は地球の歴史を承知している。しかし大異変後の地球は「聖地」扱いで、宇宙からの攻撃対象になったのは初めてだった。
 ケンウッドの端末に火星コロニーに居るヘンリー・パーシバルから電話が掛かって来た。
 パーシバルは地球人類復活委員会執行部勤務の医師として働いているが、現在は育児休暇中で、妻キーラ・セドウィックと3人の子供と共に夫妻の故郷である火星に居を移していた。月より火星の方が広くて自由で、政治から遠いので育児に適していると判断したのだ。それに3人の子供の世話を夫婦2人でするのは大仕事だったので、キーラの実家の母親にも手伝ってもらっていた。マーサ・セドウィックは90代半ばだったがまだ丈夫で、子供の世話の手伝いは出来たのだ。
 宇宙連邦の法律では、子供が10歳になる迄、養育権を持つ人間は宇宙空間に出てはいけないことになっている。勿論子供を宇宙船に乗せることなど論外だ。だから、ヘンリー・パーシバルもキーラ・セドウィックも愛する地球にまだ数年降りられないでいた。

「テロのニュースを聞いておったまげたんだが・・・君が月に居ると聞いて、ちょっと安心したよ。」

と電話の向こうでパーシバルが言った。いつもの人懐こい笑顔はなかった。ケンウッドも笑顔を作れなかった。

「言語道断の出来事だ。副長官が負傷した。もしかすると、私がそこに居たかも知れない。」
「他にも怪我人が出たとニュースで言っていたね。アフリカでは長官が亡くなったそうだが・・・」

 アメリカ・ドームにも死者が出たのだが、それはまだ身元確認が終わっていないので発表がないのだ。身元確認が遅れている意味をパーシバルは気が付いただろうか?

「アメリカでも研究者が3名犠牲になった。惜しい人材を亡くした。」
「許せんなぁ・・・」

 パーシバルは地球を心から愛しているので悔しそうだ。

「副長官は君の弟子のガブリエルだよな?」
「うん・・・」
「ケンタロウがきっと助けてくれるよ。」
「うん・・・」
「早く帰ってやれよ。ハイネも待っているはずだ。」
「うん・・・」

 詳細がわかればまた連絡すると言って、ケンウッドは通話を終えた。重傷者の氏名は公表されていないのだ。ケンウッドが執行部に公表しないでくれと頼んだのだ。アメリカ・ドームの副長官と遺伝子管理局長が重体などと発表したら、他のドームにも動揺を与えてしまう。アフリカの事件だけでも十分悲劇なのに。
 コロニー人である犠牲者の遺伝子情報をデータベースから引き出すのは、遺伝子管理局長の仕事だ。それをハイネが今は出来ないので、ベックマンが局長業務全権委任の対象者であるグレゴリー・ペルラ・ドーマーとロビン・コスビー・ドーマー維持班総代表立会いの下で行わねばならない。身元確認が遅れているのはそのせいだ。パーシバルはそれに気がつかなかった。ハイネの負傷を知らないのだ。だから、キーラも知らないはずだ。
 ケンウッドは親友の医療区長ヤマザキ・ケンタロウに念じた。

 ケンタロウ、ハイネとガブリエルを救ってくれ、頼む!