2018年1月19日金曜日

脱落者 1 - 2

 ケンウッドは後2ヶ月で春分祭がやって来ることを思い出した。ちょっとうんざりする。春分祭は、年に一度の地球にある全てのドームで行われる大きなお祭りだ。男性執政官達が女装して、ドーマー達が一番の「美女」を投票するのだ。それだけなら我慢出来るのだが、地球人類復活委員会は資金集めの為に、この祭りを宇宙全般に公開している。
取材費を払ったメディアが集まり、この祭りを終日全宇宙に中継するのだ。はっきり言って、恥ずかしい。本当に美しければ良いのだが、グロテスクな女装もいるし、ユーモラスな人もいる。ケンウッドは優勝経験があるが、決して美しかったから得票数を集めた訳ではなかった。彼と共演のヘンリー・パーシバルのコンビが、ちっとも似ていないのに「2人のロッテ」を演じたことがドーマー達に大受けしたからだ。あれから10年近く経つのに、まだ「あのロッテを演じた博士」と宇宙では囁かれる始末だ。
 もっとも、全てのメディアが女装する科学者を映す訳ではない。何割かのメディアは、ドーマーを追いかける。ドーマー達は女装などしない。祭りの間は見物人に徹するか、屋台で食べ物を売って、メディアや特別チケットを購入して参加する民間のコロニー人達の相手をするのだ。それをテレビカメラは撮影する。ドーマー達はコロニー人が憧れる筋肉を持っている。地球の重力に耐える筋肉だ。そして美形が多い。容姿の良い親の子供を選んでいるのだから当然だ。だから宇宙にはドーマー達のファンが多い。ケンウッドが長官を務めるアメリカ・ドームには10数名のアイドル・ドーマーがいるのだが、そのうちの3名は本当にスター扱いだ。しかも3名共に遺伝子管理局の職員だった。
 1人は、局員のポール・レイン・ドーマー。少年時代は「お姫様」とあだ名されるほどの美形で、誰もがハッと目が覚めるような美貌の持ち主だ。冷たい水色の目で無愛想なので、それがクールでカッコイイと評判だ。髪の毛は本来緑色に輝く黒髪、葉緑体毛髪と呼ばれる一時期地球人の間で大流行した改造遺伝子の賜物なのだが、本人は好きでないらしく、現在はツルツルの坊主頭になっている。これには悲しい理由がある。ケンウッドの先先代の長官サンテシマ・ルイス・リンと言う男が、レインの美貌に執着して彼を強引に愛人にしてしまった。レインにはダリル・セイヤーズ・ドーマーと言う幼馴染にして部屋兄弟の恋人がいたのだが、リンはセイヤーズを他のドームに交換に出してしまい、セイヤーズは脱走した。レインは抗議を込めてリンが愛した緑の黒髪を捨てたのだ。メディアはレインを追いかけるが、レイン本人は逃げ回っている。絶対にインタビューに応じないし、笑顔も見せない。
 2人目はやはり局員のクロエル・ドーマー。レインより4歳年下だが体格はクロエルの方が大きい。南米生まれの陽気な男でアフリカ系と先住民の血が流れている。残念なことに父親が不明で遺伝子経歴不詳の為、結婚相手を地球人類復活委員会から制限されており、結婚目的の自由な恋愛が出来ないでいる。クロエルは自身の身の上を哀れんだりしない。積極的にカメラの前に身を晒し、平気で体制批判をしたり、執政官の品評をラップ口調で行うので、若者に大人気だ。しかもファッションセンスが抜群で、奇抜な服装をしてもバシッと決まっている。大きなガタイにも関わらず、童顔で可愛らしい。メディアサービスが良いので、マスコミにも受けが良い。恐らくドーマーではなく外の世界で暮らしていたら、地球でも宇宙でも芸能界の大スターになっていただろう。
 3人目は、スターの座に就いてから既に70年近くなっている。アメリカ・ドーム遺伝子管理局の局長ローガン・ハイネ・ドーマーだ。肉体の老化を極端に遅らせる「待機型」と呼ばれる進化型1級遺伝子を持って生まれたので、90歳を超えても未だ40代、体調がよければ30代にも見える若い容姿を保っている。代々男子が真っ白な体毛を持って生まれて来る白変種の家系に生まれたので、髪の毛が純白で彼もまた美形だ。レインと違って大人の落ち着きがあるので、メディアは安心して接近出来る。ハイネは局長と言う役職柄インタビューに応じてくれるのだが、相手がしつこいと突然逃げ出すことがあり、ファンは彼が何時走り出すかと半ば期待してテレビを見るのだ。
 ケンウッドは資金集めとは言え、ドーマー達を宇宙でさらし者にすることに賛成出来ないでいる。地球人はドーマーと呼ばれる彼等の存在を知らないのだし、ドーマー達は自身が映っている番組を見ることを許可されていないからだ。